東京地方裁判所 昭和62年(ワ)4997号 判決 1990年2月02日
原告
中山浩夫
被告
日本綜合配送株式会社
ほか一名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、九三〇万六八二七円及びこれに対する昭和六二年五月九日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二請求原因
一 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
原告が、昭和五七年六月七日午前九時四三分ころ、東京都新宿区新宿五―一一―六先路上において、自転車に乗つて自転車横断帯を青信号に従い横断しようとしたところ、被告岡村和夫(以下「被告岡村」という。)が被告日本綜合配送株式会社(以下「被告会社」という。)所有の普通貨物自動車(相模一一あ七三二一、以下「加害車両」という。)を運転し、前方不注意のまま進行した過失により、原告に接触し、原告は、その衝撃により路上に転倒して右足、右肘、腰打撲、頭頸部外傷、全身打撲、頸部変形の傷害を受けた。
二 治療経過
1 原告は、救急車にて伴病院(新宿区荒木町一三)に運ばれ、昭和五六年六月七日から同年七月二六日まで同病院に通院した(ただし、実通院日数二〇日)。
2 原告は、昭和五七年七月二七日から症状が固定した昭和五九年一二月二二日まで新宿病院(新宿区新宿二―六―三)に通院した(ただし、実通院日数三八四日)。
3 昭和六〇年一月から昭和六一年五月まで新宿病院に国民健康保険を使つて通院した(ただし、実通院日数一〇八日)。
4 しかるに、原告は、本件事故後、間欠的に数日間の激しい頭痛をおぼえるため、昭和六一年六月三日から国立病院医療センター(新宿区戸山一―二一―一)に通院したところ、頭頸部外傷と診断され、治療のためには手術を要する旨言われている。
三 損害
1 治療費
(一) 新宿病院に症状固定後通院したことによる治療費 四万二六八〇円
(二) 国立病院医療センターに通院したことによる治療費 二万九四三〇円
(三) 指圧治療費 五五万六〇〇〇円
2 通院交通費 七九〇〇円
3 休業補償
原告は、本件事故後昭和六〇年一二月までの間に四九六日通院し、一回の通院に平均二時間を要したから、一日八時間労働として右日数の四分の一の一二四日を休業日数とでき、原告の本件事故時の年令五七歳の賃金センサス平均給与月額三三万三一〇〇円を基準に算定すると一三五万七九五二円となる。
4 後遺症による逸失利益
原告の後遺症は、自賠法施行令二条の後遺障害別等級表の一二級に該当するので、労働能力喪失率一〇〇分の一四として、症状固定時の原告の年令五九歳の賃金センサス平均給与月額三〇万〇七〇〇円を基準に、就労可能年数八年として新ホフマン係数を使用して算定すると二九一万二八六五円となる。
5 慰謝料
(一) 通院慰謝料 二〇〇万円
(二) 後遺症慰謝料 一〇〇万円
6 弁護士費用 七〇万円
四 よつて、原告は、被告らに対し、九三〇万六八二七円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六二年五月九日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三請求原因に対する認否
一 請求原因一項については、本件事故の発生日時、場所、原被告の運転車両、原告が右足、右肘、腰打撲の傷害を負つたことは認めるが、その余の事故態様、受傷は争う。
二 同二項については、知らない。
三 同三項については、知らない。
四 同四項については、争う。
第四被告の主張
一 後遺症の不存在
1 原告が本件事故により受けた傷害は、一貫して右打撲挫創、右肘部打撲傷、腰部挫傷であり、しかも、右傷害は極めて軽い程度のものであつた。
2 原告は、本件事故後、伴病院で通院治療を受けているが、同病院では原告が頭部及び頚部に傷害を受けた事実を認めていないし、原告も頭部や頚部を打つた若しくは衝撃を受けた旨の訴えはしていないし、頭頚部が痛いとか重いとかの訴えすらしていない。
3 原告は、伴病院で治療を受けた後、新宿病院で診察を受けたようではあるが、同病院に対しても、頭頚部が痛いとか重いとかの訴えは、していない。
4 以上のとおり、本件事故において、原告が頭頚部に何らの傷害も被つていないことは明らかであつて、原告が主張している後遺症は頭頚部からくるものと推認されるから、仮に、原告主張のような後遺症が現存するとしても、本件事故とは因果関係がない。
二 原告の過失
1 被告岡村は、加害車両を左折進行させるべく、左折の合図を出して交差点内に進入し、歩行者の横断を待つため、横断歩道の左側に加害車両左前部が接するようにして一時停止させた。そして、被告は、歩行者が横断し終わるのを待つて、発進した瞬間、左側から原告運転の自転車が進行してきたので、直ちに停止した。加害車両は発進から停止まで一メートルと進行していなかつた。本件事故は、原告が、ほんのわずか左に展把し、若しくは制動措置を講ずれば、容易に回避できる状況であつた。原告は、全く前方に注意を払うことなく、漫然と加害車両の前方を通過しようとし、その際左ドア前部と原告自転車の右ハンドル部分とが接触してバランスを失し、転倒した。
2 右のとおり、加害車両が歩行者の通過後に発進しようとしており、しかも歩行者が横断し終わつたところであるから、原告において加害車両が発進するであろうことは十分予測しうるところであり、加害車両の左側から自転車にて、突然横断歩道を横断した場合は、原告自転車と加害車両とが接触し、本件事故のような事故が発生する危険は容易に知りえたところである。従つて、原告には、右危険を避けるために加害車両の動静に注意し、必要であれば停止、左転把など加害車両の発進に対処しうるよう速度、間隔、ハンドル操作などに余裕をもつて走行すべきであつた。しかるに、原告は、何らの注意を払うことなく加害車両の直近を直進通過しようとして、これに接触した過失がある。
3 右接触についても、加害車両には凹みは勿論塗料の剥げた部分すらなく、単に加害車両に付いていた埃が後ろから前へ二、三センチメートル程払拭された跡があるといつた程度のものであつた。従つて、原告の転倒も加害車両との衝突の衝撃で転倒したものではなく、加害車両と接触したことに慌てた原告が、原告自転車のバランスを失し、自ら転倒したものである。なお、原告は、転倒の際に右手ないし右肘を道路面についたものの、頭頚部を打つたことはない。
第五原告の反論
一 伴病院、新宿病院は原告の頭頚部外傷を不十分な診断治療によつて看過したものであり、原告が新宿病院に通院中、発熱、頭痛、精神不安定を訴えていることは明白であり、同病院においては、整備不足、技術不足のため、昭和六一年五月二八日に御茶の水クリニツクに脳波検査の依頼をしている。
二 本件事故の加害車両は、鉄材を満載した大型トラツクで、一時停止後左折発進の瞬間に原告自転車に衝突しており、仮に速度はなくとも物理的エネルギーは相当なものであつて、原告が本件事故直後しばらく意識がなかつたのは、接触時に頭頚部が一種の鞭打ち状態になつたか、路上に転倒したときの衝撃で頭頚部が損傷したかのいずれかである。
第六証拠
本件記録中証拠関係目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因一項については、本件事故の発生日時、場所、運転車両、原告が右足、右肘、腰打撲の傷害を負つたことについては、当事者間に争いはない。
1 成立に争いのない甲第一号証、乙第五号証、原告本人尋問(第一回、第二回)、被告岡村本人尋問の各結果によれば、被告岡村は、新宿伊勢丹配送センターに行こうとして、新田裏方面から新宿五東の交差点(以下「本件交差点」という。)を新宿東電方面へ左折進行するため、本件交差点に進入し、本件交差点新宿東電方面側に設置されていた横断歩道・自転車横断帯の自転車横断帯に、加害車両の左前部角が若干かかる状態で一時停止し、右から左へ渡る歩行者らの通行を待つたものの、同歩行者らの通行後、左方の状況を十分確認することなく進行し、はじめて、加害車両前を左から右へ自転車に乗つた原告が横断しているのに気づき、急制動をかけたが及ばず、横断歩道上にて、加害車両の左前部タイヤ前付近を自転車に衝突させた。
以上の事実が認められる。
2 被告らは、原告が加害車両に衝突してきた旨主張するが、横断歩道又は自転車横断帯によりその進路の前方を横断し又は横断しようとする歩行者又は自転車があるときは、横断歩道又は自転車横断帯の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならないのであるから(道路交通法三八条一項参照)、右事実によれば、被告岡村において、左方の状況を確認していれば、原告の自転車の動静を把握でき、原告の自転車が横断することを察知して、加害車両を進行させることなく、そのまま停止していることにより、本件事故は避けえたといえるから、被告岡村は、左方の安全を確認することを怠つて、加害車両を進行させた過失がある。
よつて、被告らの右主張は採用しない。
二 被告会社が加害車両の所有者であることは当事者間に争いはないから、被告岡村は民法七〇九条により、被告会社は自賠法三条により、原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。
三 損害については、原告は、本件事故により頭頚部外傷、全身打撲、頚部変形の傷害をも受けた旨主張し、被告らは、これを争う。
1 成立に争いのない甲第二号証ないし第四号証、第一一号証、第一三号証ないし第一七号証、第一八号証の一ないし四、第一九号証、乙第一号証ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第六号証の一ないし三、本件交差点付近の写真であることにつき当事者間に争いのない甲第二〇号証の一ないし五、証人近藤達也及び証人貴家サトヱの各証言、原告本人尋問(第一回、第二回)の結果によれば、つぎの事実が認められる。
(一) 原告は、本件事故後、伴病院(新宿区荒木町一三)において、昭和五七年六月七日から同年七月五日まで通院して治療を受けているが(ただし、通院実日数七日)、同病院の医師板倉重常作成の昭和五七年六月七日付け診断書(乙第二号証)では、原告の病名は「右足打撲挫創、腰部挫傷」、「上記により加療、治癒まで五日の見込み」とされていて、同医師作成の昭和五七年七月一五日付け診断書(乙第一号証)においては、病名及び態様として「右足打撲挫創、右肘部打撲傷」、「上記各部に負傷あり」としているほか、昭和五七年七月五日治癒した旨診断がなされているが、原告が頭頚部外傷、全身打撲等を負つたと窺わせるに足りる記載は見られず、同病院の診療録(乙第四号証の一ないし三)においても、原告が頭部、頚部に傷害を負つたこと、あるいは原告が頭部、頚部の傷害を訴えたことを窺わせる記載も見られない。
なお、原告は、昭和五七年六月末ころに、同病院の医師から「治療の必要がない」と言われたことなどから、同病院の通院をやめた。
(二) その後、原告は、新宿病院(新宿区新宿二―六―三)において、昭和五七年七月二七日から昭和五九年一二月二二日まで通院して治療を受けたが(ただし、通院実日数三八一日)、同病院の医師中村司作成の昭和五七年一〇月一三日付け診断書(乙第三号証)では、原告の病名及び態様は「右足、右肘、腰打撲」とし、同医師作成の昭和六一年六月一一日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲第四号証)においても、傷病名として「右足、右肘、腰打撲」とし、また、同病院の診療録(乙第六号証の一ないし三)においても右足、右肘、腰部に関する記載に終始し、頭頚部外傷、全身打撲等を窺わせるような記載は見られない。
もつとも、この間の、昭和五八年六月一六日、原告が頭痛を訴えて、その後も時々頭痛を訴えるので、同医師は、昭和六一年五月二八日、脳波専門医の御茶の水クリニツク(千代田区神田駿河台一―八)に原告を紹介して脳波検査を受けさせた。
2 以上の事実が認められ、これらの事実からすると、原告が頭頚部外傷、全身打撲の傷害を負つた旨の原告の主張は採用しがたい。
なお、原告は、昭和六一年六月三日ころから国立病院医療センター(新宿区戸山一―二一―一)に通院して治療を受けるようになり、同病院医師近藤達也作成の昭和六一年六月一七日付け診断書(甲第二号証)には、病名として「頭頚部外傷、全身打撲」との記載がなされているが、右病名については「供述による」とされているところであつて、右病名を付けた根拠が原告の述べたことにもとづくものであるところ、前記認定事実によれば、伴病院、新宿病院においては、原告が、そのような供述をしていたものと窺わせるに足りないのであるから、原告の供述から頭頚部外傷、全身打撲の病名を診断した診断書は直ちには採用できないし、原告本人尋問(第一回、第二回)及び同人作成の上申書(甲第一一号証)における右原告主張に添う部分も同様に採用できない。
また、頚椎変形の傷害については、中山浩夫殿の病状についてと題する書面(甲第一七号証)、証人近藤達也の証言によれば、頚椎の変形は本件事故以前から存在していたと考えられるので、頚椎変形と本件事故との間に因果関係を直ちに認めることはできない。
3 原告主張の後遺障害のうち、頭痛については、証人近藤達也の証言によれば、「原告は前頭部の痛みを訴えることが多いが、首によつて痛みが出てくる場合は、後頭部から頚部であつて、前頭部痛に関しては首では説明がつかない。原告の頭痛についての原因はわからない」旨述べていて、前記認定事実からは、原告が頭部外傷を負つたことも認められないので、頭痛と本件事故との間に因果関係を直ちに認めることはできない。
また、原告は、両上肢脱力、知覚鈍麻等の後遺障害を負つた旨主張し、医師近藤達也作成の診断書(甲第一号証)及び中山浩夫殿の病状についてと題する書面(甲第一七号証)によれば、「神経学的には両上肢脱力、両側C4以下の知覚鈍麻を認める。頭XP正、頚椎XPたて頚椎五、七に変形性頚椎症を認める。CTSCAN(脳)で軽度の脳萎縮、脳波で棘波を認める。事故後、症状の出現をみている点、CTSCAN(脳)、脳波、頚椎XPの異常は事故との関係はあると考えられる」というものであるが、伴病院の医師板倉重常作成の診断書(乙第一号証)では治癒とされ、中村病院の医師中村司作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲第四号証)の後遺障害の内容として、原告の主訴又は自覚症状として右肩、前腕に疼痛、右肘関節内外顆部痛、腰鈍痛、右足関節歩行時痛等であり、他覚症状及び検査結果として握力右二〇キログラム、左三二キログラムというもので、昭和五九年一二月二二日症状固定とされていることなどの原告の治療状況、また、原告には頚椎に変形があり、成立に争いのない乙第七号証によれば、頚椎椎間板の退行性変化が基盤となつて、種々の症状を呈することが認められることや、前記認定の事故態様等を合わせ考えると、原告の訴える症状と本件事故との間に因果関係を直ちに認めることはできない。
四 以上の次第であるから、結局、原告の主張事実を認めることができないので、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原田卓)